専城乳児保育園 ~子ども達の「今の気持ち」と「今の発達」に寄り添う優しさを大切にしています。~

理念ブログ

「いのち」の不思議さ

2017年11月13日

 先日研修会で、厚労省の保育専門調査官の馬場耕一郎先生のお話をお聞きしました。その中で、

 「SIDSは病気です。(乳幼児突然死症候群:何の予兆や既往歴もないまま乳幼児が突然死に至る。未だに原因不明)だから、皆さんの園で5分ごとに乳児の睡眠チェックをされていると思いますが、それでもSIDSは防げません。たとえ1分ごとにチェックしても防げません。(もちろん窒息死は防げますので、5分ごとの睡眠チェックには意味があります)しかも、SIDSと判明するには、細胞レベルの検査を経ますので死後1ヶ月から半年かかります。うつ伏せ寝が悪いといいますが、半数はあおむけ寝の状態で起こっています。そして多くは家庭で発生しています。保護者の方にもSIDSが病気だということを充分周知させて下さい」

 と言われていました。思えば、突然死に至る可能性は、何も病気の子だけとは限りません。それは赤ちゃんから老人まで、私たち今現に生きている全ての人に当てはまることです。

 昔、仏教者は「死」のことを「自然」(じねん)と呼びました。なぜ「死」のことを「自然」と呼ぶのかというと、私たちの命は、大変矛盾したものです。私たちは、大変矛盾した命を頂いて生きています。どういう命を頂いているかというと、「必ず死ななければならない命」を頂いて生きているのです。

 必ず死ななければならない者が死ぬということは、道理ですね。自然なことですね。だから「自然」(じねん)と呼ぶのです。むしろ不思議なことは、この死ななければならない命が、今この瞬間に様々な因と縁によって生かされてあるということ。そのことが大変不思議なことであり、あることが難しい、有り難きことなのだ。だからこそ、与えられた一瞬一瞬を無駄にしてはならないと言われるわけです。

 20年ほど前、子ども達に「命の大切さ」をどう教えればよいのかということが世間で盛んに言われていた時に、哲学者の池田晶子さんが、「命の大切さを教えるより、命の不思議さを感じさせるほうが先だ」と言われていました。全くその通りだと思います。

 専城乳児保育園では、子ども達にいのちを大事にする心を育むことを理念の一つとしています。そのために職員それぞれが、今生かされている自分自身のいのちの不思議さに思いを寄せながら、一人ひとりの子どものいのちと向き合って保育をしていくことが何よりも大切だと思っています。

 

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